代表挨拶

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代表挨拶

盛和塾で得た人生の幸福

盛和塾香川 代表世話人 乾篤之

1965年頃日本は高度成長時代に突入し、電力会社は近代化設備投資の遠大な事業計画を立てた中、弊社は時流に乗ったビジネスに長年、身を委ねていました。
バブルがはじける頃から電力会社も規制緩和がスタートし、弊社は電力ビジネス以外の新規開拓へ向け変革をしようとした矢先、変革に反旗を翻す幹部数人が会社を去りました。多くの社員には動揺が走り、社内の足元は揺らぎ始め、トップになって初めて精神的に窮地に追い込まれました。この騒動で企業とはそこで働く私を含めた『人間性』が何より重要だと痛感し、人間学の学びの場を模索していたところ、盛和塾と巡り合い、わき目もふらず無我夢中で飛び込みました。
そして塾長講話テープまた塾長書籍などをむさぼりつくように勉強させて頂き、経営姿勢や考え方など、まさに目から鱗の連続でした。
又全国盛和塾ソウルメイトの経営者としての真剣な生き様にも触れることが出来大変勉強になりました。

塾長テープの稲盛哲学の内容を社内で共有化しようと上層部から対話を図り、理解を求め、トップと社員との一体感も徐々に出来上がって来たと感じております。
幸いにも5年前、稲盛経営者賞非製造業第二グループで第一位の栄誉を授かり、全国大会で発表の機会を頂きました。
私の人生はそれから大きく変わりました。
当社を評価いただく多くの機会を得、そのことが社員の喜び、また会社、トップへの信頼へと連動し、企業の目的である【全従業員物心両面の幸福】に向けて一歩一歩近づいていると手ごたえを感じている昨今です。

稲盛塾長との出会いが無ければ、今の社員や会社の成長はとてもあり得ませんでした。
稲盛塾長また盛和塾関係者のすべての方にどれほど感謝してもし切れないほどの恩典を頂きました。

素晴らしい稲盛哲学がすべての判断基準となっている私の成功体験や幸福を、社員にも是非味わってもらいたいと願っています。
私は退職時『私もパパ、ママの会社で働きたい』と言ってもらえる理想の会社を作り上げる事こそが稲盛塾長へのご恩返しになるものと確信し、社員と共に励んでいく所存です。

稲盛塾長はいつも私たちを温かく見守って下さっています。そして叱咤激励して下さっています。
稲盛塾長本当にありがとうございます。

盛和塾との出会いで変わった私の人生

盛和塾香川 代表世話人 十河孝男

稲盛塾長に初めてお会いしたのは、10年前の市民フォーラムのことでした。まるで私に語りかけているように話してくれた塾長の生のお姿・お声は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。

経営の原理・原則を説く塾長からは、後光のような目映い光が発せられているのを感じました。すぐにこの方を経営人生の師として学ぼうと決意し、入塾申込書を急いで取り寄せ、申請したことを昨日のことのように覚えています。

入塾後は、毎月の例会、そして、全国各地の塾長例会を追いかけてまわり、他塾のソウルメイトからも多くの刺激を受けました。ド真剣に経営を考え、実行するようになった私の変わりように、社員たちも驚いた様子でした。

入塾3年後に高松塾長例会で発表するチャンスを頂きました。自分なりに売上も順調に上がっていたので、きっと褒めて下さると思っていたところ、「こんな利益率が低いのでは、社会的な使命も社員を守ることさえできない」との厳しいコメントを頂きました。私は、レンガでガツンと頭を殴られたようなショックを受け、それからさらに真剣に経営に励み、利益率の改善に社員一丸となって取り組みました。

ようやく、塾長よりいただいた努力目標が8割方達成できた時期に、世界大会で発表する大きなチャンスを頂きました。4,000名余の参加者の前で、社員たちとともに頑張った成果を発表した結果、思いがけず優秀賞を頂き、場内にいた幹部たちと涙した光景が、昨日のことのように目に浮かびます。

天は、必要な人に、1秒も早くなく遅くなく、絶妙なタイミングで出会わせてくれるといいますが、初めて塾長にお会いした市民フォーラムから今日まで、盛和塾での奇跡のような出会いやご縁に感謝の気持ちでいっぱいです。

こうしたご縁を導いてくれた亡き先代社長に感謝の毎日であり、2年後に3代目への事業継承するにあたっても共に盛和塾で学び、利他の心で高齢者や障害を持った方々に感動をお届けします。

合掌

心を高め 経営を伸ばす

盛和塾香川 代表世話人 米田守宏

皆さん、こんにちは。2015年度から代表世話人に就任いたしました株式会社ブレインネットワーク 代表取締役 米田守宏 でございます。私のような浅学非才で経験実績の乏しい者が代表世話人という責務を任され大きなプレッシャーを感じております。盛和塾香川は設立してから早や20年以上が経過しました。盛和塾香川設立時のチャーターメンバーである諸先輩方は、当時いずれも50代半ばの人たちであり、ちょうど現在の私の年齢にあたる方々でした。当時の諸先輩方の尽力によりまして、盛和塾香川の活動内容は全国的にも大変高い評価をいただいております。その諸先輩方と私は年齢だけは肩を並べました。私と年代を同じくする盛和塾香川の仲間たちとは「いつまでも諸先輩の方々のお世話になり続けるわけにはいかない。設立当時のメンバーの方々と同じような年代になった我々が、これからの盛和塾香川を発展させていかなければならない。我々はそのような年代になったのだ」と折に触れて話をしておりました。そのような考えのもと私のような若輩者ではございますが、代表世話人の任に就かせていただくことになりました。約18年間に亘り盛和塾香川にて勉強をさせていただきましたご恩に報いるためにも、全力にて盛和塾香川のお世話をしていく所存でございます。

盛和塾とは京都の若手経営者たちが当時、京セラ社長であった稲盛塾長に対して「ぜひ稲盛経営哲学を教えてもらいたい」と熱い気持ちで説得を続け、設立されました。爾来、全国にその思いが伝わり、各地に盛和塾が設立され幾多の全国の若手経営者が稲盛塾長の薫陶をうけております。その中で盛和塾香川は1991年(平成3)年に設立され、現在は100名を超える経営者が盛和塾香川にて稲盛経営哲学を勉強し実践しております。私が盛和塾香川に入塾した当時の塾生は比較的規模の大きな会社の経営者が多かったのですが、ここ最近は従業員が数名あるいは自分一人で経営しているといった、小規模の会社の経営者も数多く盛和塾香川に入塾しています。また、私の入塾当時は女性のメンバーは1人だけでしたが現在では10名を超える女性経営者が名を連ねています。冒頭でも申しましたが、盛和塾とは「稲盛経営哲学を学ぶ若手経営者の場」です。会社の規模の大小や性別は全く関係ありません。稲盛塾長の経営を学びたい、という強い思いを持たれている経営者、特に30代40代の若手経営者の入塾を心よりお待ちしております。ぜひ、我々と共に稲盛経営哲学を勉強し、心を高めるとともに自らの事業の発展と従業員全員の物心両面の幸せを実現させていきましょう。

盛和塾と私の人生

盛和塾本部 理事 平田喜一郎

私がこれまで歩んできた人生を振り返ってみて思いますに、二つの大きな節目を感じます。一つ目は、ニ十歳代の半ばに取り組み始めた新製品の開発です。
これは約15年の歳月を経て第二の創業に発展し今日のヒューテックが誕生しました。

二つ目は、52歳の時入塾しました盛和塾であります。
新事業のきっかけをつかみ十年ほど経過したときでした。売り上げは順調に伸びてはきたものの経営内容は良くならずいつも不安な気持ちで過ごしておりました。丁度そのような時、関西の友人から地元香川での盛和塾開塾のお誘いを頂いたのであります。塾長稲盛和夫氏のお名前はかねがね伺っておりました。 ベンチャーから京セラを大企業に育て上げられた有名な方であります。この塾長の下で学べば今抱えている経営上の問題が解決するのではないか、そのような思いで平成三年盛和塾香川の発起人の一人として京都で塾長審査を受けた次第であります。

爾来二十二年経過しておりますがお陰様で当初の課題はもちろんのことその後次々と持ち上がってきた諸問題も大過なく乗り越えることが出来ました。 最後の課題は事業承継でしたがこれも無事終わり、今後は塾長に頂いたご恩を社会にお返しすべく若い塾生のよき相談相手になれるよう精進していければ幸 いと思っております。

稲盛塾長は京セラのほか今日のKDDIの創業、さらに記憶に新しいところでは日本航空の再建をわずか三年間でしかも世界一の高収益企業にまでに育て上げておられます。塾長はかねがね日本の中小企業を良くすることが日本の発展に繋がるという持論をお持ちで盛和塾には相当の情熱をお持ちでいらっしゃいます。悩める若き経営者の入塾をお待ちしております。